「あなたの心に…」

 

 

 

Act.23 少女が恋知り初めしとき

 

 

 

 初詣の後、私は家に帰るまでには、いつも通りに戻っていたわ。

 心配かけられないから、ママには黙ってた。

 でも、何かあったのはバレバレだったと思う。

 あれから、私、無口になっちゃったんだもの。

 喋らないといけないと思っても、普通に話せない。

 マナには相談したの。すると…、

「もうすぐわかるよ。どうしてそうなったか。
 ごめんね。これは自分でわかったほうがいいの。
 可哀相なアスカ…」

 ただそれだけ言って、消えちゃった。

 

 でもね、レイのほうは巧くいきそうなの。

 家に戻って、着物から着替えて、部屋に閉じこもってた。

 すると、すぐにレイから電話があったわ。

 感謝とシンジへの想いが、雨あられ。

 やっぱり草履の鼻緒が切れて、それでシンジがおんぶしていったんだって。

 告白まではできなかったけど、電話番号とか聞いたって喜んでた。

 よかったね、レイ。

 ま、そのあと、シンジが報告に来たから、
 気分はまたどん底になっちゃったけど。

 扉越しに話し掛けてくるのを私はベッドに座って力なく聞いていたの。

『アスカ。ちゃんと送ってきたよ。1組の人だったんだね。
 凄く大きな家でびっくりしたよ。ね?聞いてる?
 凄く手に入りにくい紅茶をご馳走になっちゃった。
 綾波さんって、アスカの友達だったんだね。
 アスカのこと凄くいい人って言うから、僕も嬉しくなっちゃった。
 あ、期末テストが3番だったんだって。ねぇ、アスカ?…』

 シンジがレイの事ばかり喋るのを聞いていたら、
 また胸が痛くなってきたの。涙も出てくるし。

 私は布団をかぶって、シンジには何も答えなかった。

 その日は一日、シンジとは顔を合わさなかったわ。

 

 ネットで調べても、この胸の痛みの原因はわからない。

 心臓とかじゃないの。

 そう…、心が痛いのよ。

 じゃ、心の病なの?私。

 あれから、まともにシンジの顔が見られなくなった。

 話すのもぶっきらぼうで乱暴な口調になっちゃう。

 シンジは少し寂しそうな顔をしてたけど、笑顔で私に接してくれる。

 ごめんね。きっと、すぐに治ると思うから。

 

 そうこうしている内に、3学期が始まったわ。

 私は普通にみんなと接していた。

 シンジとも、ちょっと乱暴に接してるけど、変な感じじゃなかった。

 それを見てた、鈴原のヤツが、

『なんや、冬休みの間にセンセのとこはカカア天下になったんか』

 なんて言うから、叩きのめしてやったわ。

 あとでヒカリには謝っておいたから、問題は全くなしよ。

 

 やっぱり今年はついてないのかな?

 いきなり、掃除当番。

 でもこれはどう考えても、ヒカリの策略よ。

 残ってるのは、私、ヒカリ、鈴原、そしてシンジ。

 メガネをしっかり抜いているところが、策謀の香りがプンプンしてるわ。

 鈴原は掃除なんかしないから、窓のところでシンジとサボってる。

 相手をさせられてるシンジは、
 こっちが気になるのかチラチラ視線を送ってくるんだけど、
 私は大げさにプイッとソッポを向いてやってるの。

 そこまでは良かったのよね。

 その時、後ろの扉が静かに開いたの。

 そこを見た、シンジが呟いたの。

「綾波さん…」

 レイが俯いて立っていた。

 扉を開けるだけでも、彼女にとっては大きな勇気が要ったと思うわ。

「あ、あの…」

 シンジがチラッと私を見たわ。

 私は溜息を吐いて、行きなさいよって感じで首をしゃくったの。

 キョトンとしてる鈴原を残して、シンジは戸口へ歩いていったわ。

「こんにちは…」

「あ、えっと、どうしたの?」

「あの…昇降口で…待ってたんですけど、お出でにならないので、
 ここまで…来てしまったんです」

「え。あの…」

 私は机の上に投げ出されてたシンジの鞄を手にとったわ。

「馬鹿シンジ!」

「え?」

 振り向いたシンジに、私は鞄を投げつけた。

 狙い通り、シンジの胸で鞄はバウンドした。

 慌てて抱きとめるシンジ。相変わらず、こっけいな動きよね。

「もう帰っていいわよ。あとは3人でするから」

 鈴原のヤツが自分が勘定されてるのに不満そうだけど、
 アンタを一緒に帰すわけにはいかないのよ。

「とっとと、帰ってよね。目障りだから」

 私はソッポを向きながら、投遣りに言ったの。

 シンジは少し困った顔をしてたけど、
 『じゃ、お先に』って言い残して出て行ったわ。

 レイは私にペコリと頭を下げて、シンジについていった。

 私はレイに向けていた笑顔を引っ込めると、掃除を続けたの。

 でも、動いているのは私だけ。

 ヒカリと鈴原は、呆然と私を見つめている。

「どうしたの?終わらないわよ」

 私は動きながら、ヒカリに言った。

「アスカ?あのね、碇君…」

「言ったでしょ。馬鹿シンジとレイをくっつけるって」

「なんやて!」

 別方向から、大声がした。私は声の主を睨みつけた。

「文句あるの?」

「あるわい!惣流、お前、何考えとんねや。
 なんで、センセがアイツとくっつかなあかんねん。
 センセにはそ、惣流がおるやんけ」

「私は馬鹿シンジとは関係ないもの。ただのお隣さんよ」

「関係ないことあらへん!センセが明るうなったんは惣流のおかげやないか!
 わしらにでけんこと、お前はたった1ヶ月やそこらでしよったんやで!
 それを…そやのに、センセをポイか。いらんようになったオモチャみたいに」

 グワシャッ!

 私は持っていた箒を床に投げつけたわ。

「シンジはオモチャなんかじゃない!」

「そうか?そうは見えんけどな」

「止めなさいよ、鈴原」

「何ゆうとんねや、いいんちょかって、そない思うやろ」

「私は…」

「言いたいことがあるんなら、言いなさいよ、ヒカリ」

「ゆうたれ、最近の惣流はおかしいよってな、はっきりゆうたらなわからへんで」

 やけに攻撃的な鈴原に、
 私は表に出してなかったけど、ホントは少し圧倒されていたわ。

「何よ、アンタ、どうしてそんなに」

「わしはな、小学校からセンセとマナと一緒やった。
 そやからあの二人のことはわしが一番知っとる。
 マナの代わりになれるんは、惣流だけなんや。
 1組の優等生やあらへん!
 何でや?何で、センセはあかんねん。センセのこと嫌いやないんやろ。な?」

 私は何も言えなかった。

 ただ、苦しくて、息苦しくて…、
 新鮮な空気が欲しくて、
 勝手に足が窓の方へ向かっていたの。

 そこから見えたのは…、
 並んで校門へ歩いていく、シンジとレイだった。

 歩きながら、何か話してる。

 遠くて見えるはずのない、二人の笑顔がはっきりと私には見えた。

 

 一瞬、目の前が暗くなった。

 そして、その場に私は蹲ってしまった。

 胸が…胸が痛い。苦しい。

 イヤ…、涙が出てくるよ…勝手に出てきちゃう。

「どないしたんや!惣流!」

「鈴原!出ていって!」

「い、いや、保健室へ…」

「いいの!私に任せて!だから、お願い、ここから出ていって…」

「わかった。ほな、あと任せたで」

「うん、ありがとうね」

 二人の遣り取りが聞こえる。

 ごめんね、二人とも。

 私、おかしいの。変なの。初詣の日から、身体がおかしいの…。

 扉の音がした。鈴原が出て行ったんだ。

 そう思ったとたん、抑えていた泣き声が漏れ始めた。

「うっ…ううっ…ううっ」

 止まらない。ペタンと床に座り込んで、私は頭を抱えて泣き続けた。

「アスカ…」

「ヒカリ、助けて…苦しいの…痛いの…胸の奥が…」

 私は必死に訴えたわ。

 ヒカリは黙って、座り込んでる私を抱きしめてくれた。

 背中に手を回して、優しく撫でてくれる。

 でも、でも…、胸の痛みはおさまらない。

「アスカ、苦しい?切ない?」

 切ない…?切ないって…、どういうことなの?

「アナタ、こんなになっても、まだわからないの?
 どうして苦しいのか、胸が切ないのか、わからない?
 私だって、時々なるのよ。す、鈴原のことを考えてたら…。
 鈴原のことが、好きで…好きで好きでたまらない時…、
 そして、その心が伝えられないから、
 胸が痛くて、苦しくて、切なくて、泣いちゃう時だってあるのよ。
 アスカも同じなの。
 碇君を好きなのよ、アナタは」

「し、シンジを好き…私が?」

「そうよ。碇君と一緒にいたら楽しいでしょ。
 綾波さんと碇君が仲良くしてたら、こころが苦しいでしょ。
 それが『恋』なのよ」

「そ、そうなの…?」

「ホントに頑固者なんだから、この『恋』を知らないお子様は」

「だって…」

「今だって、一緒に帰る二人を見て、そうなったんでしょ」

 これが…恋なの?こんなに苦しいのが…恋?

「で、でも…恋って、楽しいものじゃ…苦しいのって変よ」

「あのね、アスカは普通と順番が逆だったの。
 普通はね、片思いから始まって、苦しい、つらい思いをして、
 それから恋が成就して楽しくなるの。
 ま、片思いで終わっちゃうのが大半だけど。
 アスカの場合は恋心を意識する前に、
 いきなりラブラブから始まっちゃったんだもの」

「そ、そんな、私、ラブラブなんかしてない!」

「あのね…。そうだ、とにかく立ちなさいよ。お尻冷えちゃうよ」

 そうだった。私、床に座ってて…。

「ひぇっ!冷た〜い!」

 今頃になって、冷え切ったお尻に気がついて、
 私は泣いてたことを忘れて、大声をあげた。

「馬鹿ね。アスカは。碇君よりよっぽど馬鹿よ。
 これから、馬鹿アスカって呼ぼうかな」

 悪戯っぽい顔をしてるヒカリに、私はわざと大きく肩をすくめたわ。

「酷いわね、ヒカリは。先輩面してさ」

「だって、私の方が恋する気持は早かったんだもん」

「へっへっへ…」

「何よ、その顔」

「でも手を握ったこともない。デートしたこともない。
 いつも作ってきてるお弁当を渡せたこともない。違うかな?
 私はシンジと色々してるよ。…もうできないけどさ…」

 ヒカリの顔があっという間に真っ赤になった。

 眼も潤んで、俯いてしまったわ。

 あわわわ、言い過ぎちゃった!

「ご、ごめん!ホントにごめん!元気になったこと見せようと思って。
 私って口が悪いから、あの、その、負けず嫌いで、つい、って、ごめん!
 何でもするから許して!この通り」

 私は手を合わせて拝んだ、んじゃなくて謝ったわ。

 励ましてくれた人に向かって、いくら負けるのが嫌いだからって!

「ホント?何でもする?」

「する!するから、許して?」

「ホント?」

「絶対に!だから!」

「じゃ、あきらめないで」

「へ?」

 顔を上げたヒカリは、真顔だったわ。

「絶対に、碇君をあきらめないで!」

 私は顔を背けてしまったわ。

「それは…駄目よ。
 だって、私はシンジを好きじゃないからって、レイを紹介しちゃったんだもの。
 今さら、ホントは好きなんです、なんて言えないじゃない」

「違うよ、アスカ。
 アナタは、今、恋を知ったのよ。
 アナタの恋は、今始まったところなの。
 残念だけど、最初は片思いからスタートなの。
 アナタが言うように、今、告白なんかできないものね。
 いい?片思いから始めて、絶対にあきらめないで、碇君を思い続けるの。
 そして、最後には…ね!それを信じるの。できるよね!アスカ!」

 ヒカリの暖かい、とても実感のこもった説得が、私の胸に沁みたわ。

 そうよ。そうなのよ。

 今、気付いたんだもん。

 シンジのことが大好きで、大好きでたまらないことを。

 だからこれから戦えばいいのよ。

 う〜ん、日本製の漫画やアニメによくある話よね。

 天才科学者が生み出したモノが地球を征服しようとして、
 生みの親が命を賭けて、それと戦うって設定と一緒じゃない!

 トホホ…。よく考えたら、へっぽこな設定よね。

 天才なら最初からそうならないように考えろよ!ってね。

 仕方がないわ!天才というものは、みんなへっぽこなのよ!

 今回の私でそれが証明されたわ!

 ははははは!

 

「あの…アスカ?立ち直ってくれて本当に嬉しいんだけど…。
 その仁王立ちと高笑いは、いい加減に止めてくれない?
 お掃除終わらないと、帰れないのよ〜!」

 

 

 

 

Act.23 少女が恋知り初めしとき  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第23話です。第1部完結編『アスカの初恋』編の中編になります。
やっとアスカが初恋に目覚めました。
立ち直るまでに数回悩みつづける筈だったのに、さすがアスカ様は立ち直りが早い!
悩みまくってうじうじしていた暗い暗〜い原稿は、<DEL>ボタンしちゃいました。
マナが登場しているせいで、影の薄い存在になってしまったヒカリとトウジに活躍していただきました。
3年生になったらもう少し出番は増えると思うのですが…。